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Capítulo 96 de 122

正法眼藏第一 出家功徳 · 2

比丘尼言、我自憶念本宿命時、作戲女、著種種衣服而説舊語。或時著比丘尼衣、以爲戲笑。以是因緣故、迦葉佛時、作比丘尼。自恃貴姓端正、心生憍慢、而破禁戒。破禁戒罪故、墮地獄受種種罪。受畢竟値釋迦牟尼佛出家、得六神通阿羅漢道(比丘尼言く、我れ自ら本宿命の時を憶念するに、戲女と作り、種種の衣服を著して舊語を説きき。或る時比丘尼衣を著して、以て戲笑を爲しき。是の因緣を以ての故に、迦葉佛の時、比丘尼と作りぬ。自ら貴姓端正なるを恃んで、心に憍慢を生じ、而も禁戒を破りつ。禁戒を破りし罪の故に、地獄に墮して種種の罪を受けき。受け畢竟りて釋迦牟尼佛に値ひたてまつりて出家し、六神通阿羅漢道を得たり)。

以是故知、出家受戒、雖復破戒、以戒因緣故、得阿羅漢道。若但作惡無戒因緣、不得道也。我乃昔時、世世墮地獄、從地獄出爲惡人。惡人死還入地獄、都無所得。今以此證知、出家受戒、雖復破戒、以是因緣、可得道果(是れを以ての故に知りぬ、出家受戒せば、復た破戒すと雖も、戒の因緣を以ての故に、阿羅漢道を得。若し但だ惡を作して戒の因緣無からんには、道を得ざるなり。我れ乃ち昔時、世世に地獄に墮し、地獄より出でては惡人爲り。惡人死して還た地獄に入りて、都て所得無かりき。今此れを以て證知す、出家受戒せば、復た破戒すと雖も、是の因緣を以て、道果を得べしといふことを)。

復次如佛在祇桓、有一醉婆羅門。來到佛所、求作比丘。佛敕阿難、與剃頭著法衣。醉酒既醒、驚怪己身忽爲比丘、卽便走去(復た次に佛、祇桓に在ししが如き、一りの醉婆羅門有りき。佛の所に來到りて比丘と作らんことを求む。佛、阿難に敕して、剃頭を與へ法衣を著せしむ。醉酒既に醒めて、己が身の忽ちに比丘と爲れるを驚怪し、卽便ち走り去りぬ)。

諸比丘問佛、何以聽此婆羅門作比丘(諸比丘、佛に問ひたてまつらく、何を以てか此の婆羅門を聽して比丘と作したまひしや)。

佛言、此婆羅門、無量劫中、初無出家心、今因醉後、暫發微心。以此因緣故、後當出家得道(佛言はく、此の婆羅門は、無量劫の中にも、初めより出家の心無し、今醉に因るが故に、暫く微心を發せり。此の因緣を以ての故に、後に當に出家得道すべし)。

如是種種因緣、出家之功徳無量。以是白衣雖有五戒、不如出家(是の如くの種種の因緣ありて、出家の功徳無量なり。是れを以て白衣に五戒有りと雖も、出家には如かず)。

世尊すでに醉婆羅門に出家受戒を聽許し、得道最初の下種とせしめまします。あきらかにしりぬ、むかしよりいまだ出家の功徳なからん衆生、ながく佛果菩提うべからず。この婆羅門、わづかに醉酒のゆゑに、しばらく微心をおこして剃頭受戒し、比丘となれり。酒醉さめざるあひだ、いくばくにあらざれども、この功徳を保護して、得道の善根を増長すべきむね、これ世尊誠諦の金言なり、如來出世の本懷なり。一切衆生あきらかに已今當の中に信受奉行したてまつるべし。まことにその發心得道、さだめて刹那よりするものなり。この婆羅門しばらくの出家の功徳、なほかくのごとし。いかにいはんやいま人間一生の壽者命者をめぐらして出家受戒せん功徳、さらに醉婆羅門よりも劣ならめやは。

轉輪聖王は八萬歳以上のときにいでて四州を統領せり、七寶具足せり。そのとき、この四州みな淨土のごとし。輪王の快樂、ことばのつくすべきにあらず。あるいは三千界統領するもありといふ、金銀銅鐵輪の別ありて、一二三四州の統領あり。かならず身に十惡なし。この轉輪聖王、かくのごときの快樂にゆたかなれども、かうべにひとすぢの白髪おひぬれば、くらゐを太子にゆづりて、わがみ、すみやかに出家し、袈裟を著して山林にいり、修練し、命終すればかならず梵天にむまる。このみづからがかうべの白髪を銀凾にいれて、王宮にをさめたり。のちの輪王に相傳す。のちの輪王、また白髪おひぬれば先王に一如なり。轉輪聖王の出家ののち、餘命のひさしきこと、いまの人にたくらぶべからず。すでに輪王八萬上といふ、その身に三十二相を具せり、いまの人およぶべからず。しかあれども、白髪をみて無常をさとり、白業を修して功徳を成就せんがために、かならず出家修道するなり。いまの諸王、轉輪聖王におよぶべからず。いたづらに光陰を貪欲の中にすごして出家せざるは、來世くやしからん。いはんや小國邊地は、王者の名あれども王者の徳なし、貪じてとどまるべからず。出家修道せば、諸天よろこびまぼるべし、龍神うやまひ保護すべし。諸佛の佛眼あきらかに證明し、隨喜しましまさん。

戲女のむかしは信心にあらず、戲笑のために比丘尼の衣を著せり。おそらくは輕法の罪あるべしといへども、この衣をそのみに著せしちから、二世に佛法にあふ。比丘尼衣とは袈裟なり。戲笑著袈裟のちからによりて、第二生迦葉佛のときにあふたてまつる。出家受戒し、比丘尼となれり。破戒によりて墮獄受罪すといへども、功徳くちずしてつひに釋迦牟尼佛にあひたてまつり、見佛聞法、發心修習して、ながく三界をはなれて大阿羅漢となれり、六通三明を具足せり、かならず無上道なるべし。

しかあればすなはち、はじめより一向無上菩提のために、淸淨の信心をこらして袈裟を信受せん。その功徳の増長、かの戲女の功徳よりもすみやかならん。いはんやまた、無上菩提のために菩提心をおこし出家受戒せん、その功徳無量なるべし。人身にあらざればこの功徳を成就することまれなり、西天東土、出家在家の菩薩、祖師おほしといふとも、龍樹祖師におよばず。醉婆羅門、戲女等の因緣、もはら龍樹祖師これを擧して衆生の出家受戒をすすむ、龍樹祖師すなはち世尊金口の所記なり。

世尊言、南州有四種最勝。一見佛、二聞法、三出家、四得道(南州に四種の最勝有り。一に見佛、二に聞法、三に出家、四に得道)。

あきらかにしるべし、この四種最勝、すなはち北州にもすぐれ、諸天にもすぐれたり。いまわれら宿善根力にひかれて最勝の身をえたり、歡喜隨喜して出家受戒すべきものなり。最勝の善身をいたづらにして、露命を無常の風にまかすることなかれ。出家の生生をかさねば、積功累徳ならん。

世尊言、於佛法中、出家果報不可思議。假使有人起七寶塔、高至三十三天、所得功徳、不如出家。何以故。七寶塔者、貪惡愚人能破壞故。出家功徳無有壞毀。是故若教男女、若放奴婢、若聽人民、若自己身、出家入道者、功徳無量(世尊言はく、佛法の中に於て、出家の果報不可思議なり。假使人有りて七寶の塔を起てて、高さ三十三天に至るも、得る所の功徳、出家には如かず。何を以ての故に。七寶の塔は貪惡の愚人能く破壞するが故に。出家の功徳は壞毀すること有ること無し。是の故に若しは男女を教へ、若しは奴婢を放し、若しは人民を聽し、若しは自己の身をもて、出家し入道せば、功徳無量なり)。

世尊あきらかに功徳の量をしろしめて、かくのごとく校量しまします。福増これをききて、一百二十歳の耄及なれども、しひて出家受戒し、少年の席末につらなりて修練し、大阿羅漢となれり。

しるべし、今生の人身は、四大五蘊、因緣和合してかりになせり、八苦つねにあり。いはんや刹那刹那に生滅してさらにとどまらず、いはんや一彈指のあひだに六十五の刹那生滅すといへども、みづからくらきによりて、いまだしらざるなり。すべて一日夜があひだに、六十四億九万九千九百八十の刹那ありて五蘊生滅すといへども、しらざるなり。あはれむべし、われ生滅すといへども、みづからしらざること。この刹那生滅の量、ただ佛世尊ならびに舍利弗とのみしらせたまふ。餘聖おほかれども、ひとりもしるところにあらざるなり。この刹那生滅の道理によりて、衆生すなはち善惡の業をつくる、また刹那生滅の道理によりて、衆生發心得道す。

かくのごとく生滅する人身なり、たとひをしむともとどまらじ。むかしよりをしんでとどまれる一人いまだなし。かくのごとくわれにあらざる人身なりといへども、めぐらして出家受戒するがごときは、三世の諸佛の所證なる阿耨多羅三藐三菩提、金剛不壞の佛果を證するなり。たれの智人か欣求せざらん。これによりて、過去日月燈明佛の八子、みな四天下を領する王位をすてて出家す。大通智勝佛の十六子、ともに出家せり。大通入定のあひだ、衆のために法華をとく、いまは十方の如來となれり。父王轉輪聖王の所將衆中八萬億人も、十六王子の出家をみて出家をもとむ、輪王すなはち聽許す。妙莊嚴の二子ならびに父王、夫人、みな出家せり。

しるべし、大聖出現のとき、かならず出家するを正法とせりといふこと、あきらけし。このともがら、おろかにして出家せりといふべからず、賢にして出家せりとしらば、ひとしからんことをおもふべし。今釋迦牟尼佛のときは、羅睺羅、阿難等みな出家し、また千釋の出家あり、二萬釋の出家あり、勝躅といふべし。はじめ五比丘出家より、をはり須跋陀羅が出家にいたるまで、歸佛のともがらすなはち出家す。しるべし、無量の功徳なりといふこと。

しかあればすなはち、世人もし子孫をあはれむことあらば、いそぎ出家せしむべし。父母をあはれむことあらば、出家をすすむべし。かるがゆゑに偈にいはく、

若無過去世(若し過去世無からんには)、

應無過去佛(應に過去佛無かるべし)。

若無過去佛(若し過去佛無からんには)、

無出家受具(出家受具無けん)。

この偈は、諸佛如來の偈なり、外道の過去世なしといふを破するなり。しかあればしるべし、出家受具は過去諸佛の法なり。われらさいはひに諸佛の妙法なる出家受戒するときにあひながら、むなしく出家受戒せざらん、何のさはりによるとしりがたし。最下品の依身をもて、最上品の功徳を成就せん、閻浮提および三界の中には最上品の功徳なるべし。この閻浮の人身いまだ滅せざらんとき、かならず出家受戒すべし。

古聖云、出家之人、雖破禁戒、猶勝在俗受持戒者。故經偏説、勸人出家、其恩難報(古聖云く、出家の人は、禁戒を破ると雖も、猶ほ在俗にして戒を受持せん者に勝る。故に經に偏に説かく、人を勸めて出家せしむる、其の恩報じ難し)。

復次、勸出家者、卽是勸人修尊重業。所得果報、勝琰魔王、輪王、帝釋。故經偏説、勸人出家、其恩難報(復た次に、出家を勸むる者は、卽ち是れ人を勸めて尊重業を修せしむ。所得の果報、琰魔王、輪王、帝釋にも勝る。故に經に偏に説かく、人を勸めて出家せしむる、其の恩報じ難し)。

勸人受持近事戒等、無如是事、故經不證(人を勸めて近事戒等を受持せしめんには、是の如くの事無し、故に經に證せず)。

しるべし、出家して禁戒を破すといへども、在家にて戒をやぶらざるにはすぐれたり。歸佛かならず出家受戒すぐれたるべし。出家をすすむる果報、琰魔王にもすぐれ、輪王にもすぐれ、帝釋にもすぐれたり。たとひ毘舍、首陀羅なれども、出家すれば刹利にもすぐるべし。なほ琰魔王にもすぐれ、輪王にもすぐれ、帝釋にもすぐる。在家戒かくのごとくならず、ゆゑに出家すべし。

しるべし、世尊の所説、はかるべからざるを。世尊および五百大阿羅漢、ひろくあつめたり。まことにしりぬ、佛法におきて道理あきらかなるべしといふこと。一聖、三明、六通の智慧、なほ近代の凡師のはかるべきにあらず、いはんや五百の聖者をや。近代の凡師らがしらざるところをしり、みざるところをみ、きはめざるところをきはめたりといへども、凡師らがしれるところ、しらざるにあらず。しかあれば、凡師の黒闇愚鈍の説をもて、聖者三明の言に比類することなかれ。

婆沙一百二十云、發心出家尚名聖者、況得忍法(發心出家するすら尚ほ聖者と名づく、況んや忍法を得んや)。

しるべし、發心出家すれば聖者となづくるなり。

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正法眼藏第一 出家功徳 · 2 · Shōbōgenzō (Tesoro del ojo del verdadero Dharma) — Dōgen · The Conscious Library