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Capítulo 27 de 122

正法眼藏第十六 行持 下 · 2

初祖西來する玄風、いまなほあふぐところに、われらが臭皮袋を、をしんでつひになににかせん。

香嚴禪師いはく、

百計千方只爲身、

不知身是塚中塵。

莫言白髪無言語、

此是黄泉傳語人。

(百計千方只身の爲なり、知らず、身は是れ塚の中の塵なること。言ふこと莫れ白髪に言語無しと、此れは是れ黄泉傳語の人なり。)

しかあればすなはち、をしむにたとひ百計千方をもてすといふとも、つひにはこれ塚中一堆の塵と化するものなり。いはんやいたづらに小國の王民につかはれて、東西に馳走いるあひだ、千辛萬苦いくばくの身心をかくるしむる。義によりては身命をかろくす、殉死の禮わすれざるがごし。恩につかはるる前途、ただ暗頭の雲霧なり。小臣につかはれ、民間に身命をすつるもの、むかしよりおほし。をしむべき人身なり、道器となりぬべきゆゑに。いま正法にあふ、百千恆沙の身命をすてても正法を參學すべし。いたづらなる小人と、廣大深遠の佛法と、いづれのためにか身命をすつべき。賢不肖ともに進退にわづらふべからざるものなり。

しづかにおもふべし、正法よに流布せざらんときは、身命を正法のために抛捨せんことをねがふともあふべからず。正法にあふ今日のわれらをねがふべし、正法にあうて身命をすてざるわれらを慚愧せん。はづべくは、この道理をはづべきなり。しかあれば、

祖師の大恩を報謝せんことは、一日の行持なり。自己の身命をかへりみることなかれ。禽獸よりもおろかなる恩愛、をしんですてざることなかれ。たとひ愛惜すとも、長年のともなるべからず。あくたのごとくなる家門、たのみてとどまることなかれ。たとひとどまるとも、つひの幽棲にあらず。むかし佛祖のかしこかりし、みな七寶千子をなげすて、玉殿朱樓をすみやかにすつ。涕唾のごとくみる、糞土のごとくみる。これらみな、古來の佛祖の古來の佛祖を報謝しきたれる知恩報恩の儀なり。病雀なほ恩をわすれず、三府の環よく報謝あり。窮龜なほ恩をわすれず、餘不の印よく報謝あり。かなしむべし、人面ながら畜類よりも愚劣ならんことは。

いまの見佛聞法は、佛祖面面の行持よりきたれる慈恩なり。佛祖もし單傳せずは、いかにしてか今日にいたらん。一句の恩なほ報謝すべし、一法の恩なほ報謝すべし。いはんや正法眼藏無上大法の大恩、これを報謝せざらんや。一日に無量恆河沙の身命すてんこと、ねがふべし。法のためにすてんかばねは、世世のわれら、かへりて禮拜供養すべし。諸天龍神ともに恭敬尊重し、守護讃歎するところなり、道理それ必然なるがゆゑに。

西天竺國には、髑髏をうり髑髏をかふ婆羅門の法、ひさしく風聞せり。これ聞法の人の髑髏形骸の功徳おほきことを尊重するなり。いま道のために身命をすてざれば、聞法の功徳いたらず。身命をかへりみず聞法するがごときは、その聞法成熟するなり。この髑髏は、尊重すべきなり。いまわれら、道のためにすてざらん髑髏は、他日にさらされて野外にすてらるとも、たれかこれを禮拜せん、たれかこれを賣買せん。今日の精魂、かへりてうらむべし。鬼の先骨をうつありき、天の先骨を禮せしあり。いたづらに塵土に化するときをおもひやれば、いまの愛惜なし、のちのあはれみあり。もよほさるるところは、みん人のなみだのごとくなるべし。いたづらに塵土に化して人にいとはれん髑髏をもて、よくさいはひに佛正法を行持すべし。

このゆゑに、寒苦をおづることなかれ、寒苦いまだ人をやぶらず、寒苦いまだ道をやぶらず。ただ不修をおづべし、不修それ人をやぶり、道をやぶる。暑熱をおづることなかれ、暑熱いまだ人をやぶらず、暑熱いまだ道をやぶらず。不修よく人をやぶり、道をやぶる。麥をうけ、蕨をとるは、道俗の勝躅なり。血をもとめ、乳をもとめて、鬼畜にならはざるべし。ただまさに行持なる一日は、諸佛の行履なり。

眞丹第二祖大祖正宗普覺大師は、神鬼ともに嚮慕す、道俗おなじく尊重せし高徳の師なり、曠達の士なり。伊洛に久居して群書を博覽す。くにのまれなりとするところ、人のあひがたきなり。法高徳重のゆゑに、神物倏見して、祖にかたりていふ、

將欲受果、何滯此耶。大道匪遠、汝其南矣(將に受果を欲はば、何ぞ此に滯るや。大道遠きに匪ず、汝其れ南へゆくべし)。

あくる日、にはかに頭痛すること刺がごとし。其師洛陽龍門香山寶靜禪師、これを治せんとするときに、

空中有聲曰、此乃換骨、非常痛也(空中に聲有りて曰く、此れ乃ち骨を換ふるなり、常の痛みに非ず)。

祖遂以見神事、白于師。師視其頂骨、卽如五峰秀出矣。乃曰、汝相吉祥、當有所證。神汝南者、斯則少林寺達磨大士、必汝之師也(祖遂に見神の事を以て、師に白す、師その頂骨を視るに、卽ち五峰の秀出せるが如し。乃ち曰く、汝が相、吉祥なり、當に所證有るべし。神の汝南へゆけといふは、斯れ則ち少林寺の達磨大士、必ず汝が師なり)。

この教をききて、祖すなはち少室峰に參ず。神はみづからの久遠修道の守道神なり。このとき窮臈寒天なり。十二月初九夜といふ。天大雨雪ならずとも、深山高峰の冬夜は、おもひやるに、人物の窓前に立地すべきにあらず。竹節なほ破す、おそれつべき時候なり。しかあるに、大雪匝地、埋山沒峰なり。破雪して道をもとむ、いくばくの嶮難なりとかせん。つひに祖室にとづくといへども、入室ゆるされず、顧眄せざるがごとし。この夜、ねぶらず、坐せず、やすむことなし。堅立不動にしてあくるをまつに、夜雪なさけなきがごとし。ややつもりて腰をうづむあひだ、おつるなみだ滴滴こほる。なみだをみるになみだをかさぬ、身をかへりみて身をかへりみる。

自惟すらく、

昔人求道、敲骨取髓、刺血濟饑。布髪淹泥、投崖飼虎。古尚若此、我又何人(昔の人、道を求むるに、骨を敲ちて髓を取り、血を刺して饑ゑたるを濟ふ。髪を布きて泥を淹ひ、崖に投げて虎に飼ふ。古尚此の若し、我又何人ぞ)。

かくのごとくおもふに、志氣いよいよ勵志あり。

いまいふ古尚若此、我又何人を、晩進もわすれざるべきなり。しばらくこれをわするるとき、永劫の沈溺あるなり。

かくのごとく自惟して、法をもとめ道をもとむる志氣のみかさなる。澡雪の操を操とせざるによりて、しかありけるなるべし。遲明のよるの消息、はからんとするに肝膽もくだけぬるがごとし。ただ身毛の寒怕せらるるのみなり。

初祖、あはれみて昧旦にとふ、汝久立雪中、當求何事(汝、久しく雪中に立つて、當に何事をか求むる)。

かくのごとくきくに、二祖、悲涙ますますおとしていはく、惟願和尚、慈悲開甘露門、廣度群品(惟し願はくは和尚、慈悲をもて甘露門を開き、廣く群品を度すべし)。

かくのごとくまうすに、

初祖曰、諸佛無上妙道、曠劫精勤、難行能行、非忍而忍。豈以小徳小智、輕心慢心、欲冀眞乘、徒勞勤苦(諸佛無上の妙道は、曠劫に精勤して難行能行す、非忍にして忍なり。豈小徳小智、輕心慢心を以て、眞乘を冀はんとせん、徒勞に勤苦ならん)。

このとき、二祖ききていよいよ誨勵す。ひそかに利刀をとりて、みづから左臂を斷て、置于師前するに、初祖ちなみに二祖これ法器なりとしりぬ。

乃曰、諸佛最初求道、爲法忘形。汝今斷臂吾前、求亦可在(諸佛、最初に道を求めしとき、法の爲に形を忘じき。汝今臂を吾が前に斷ず、求むること亦可なること在り)。

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正法眼藏第十六 行持 下 · 2 · Shōbōgenzō (Tesoro del ojo del verdadero Dharma) — Dōgen · The Conscious Library