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Capítulo 101 de 122

正法眼藏第三 袈裟功徳 · 1

佛佛祖祖正傳の衣法、まさしく震旦國に正傳することは、嵩嶽の高祖のみなり。高祖は、

釋迦牟尼佛より第二十八代の祖なり。西天二十八傳、嫡嫡あひつたはれり。二十八祖、したしく震旦にいりて初祖たり。震旦國人五傳して、曹溪にいたりて三十三代の祖なり、これを六祖と稱ず。第三十三代の祖大鑑禪師、この衣法を黄梅山にして夜半に正傳し、一生護持、いまなほ曹溪山寶林寺に安置せり。

諸代の帝王、あひつぎて内裡に奉請し、供養禮拜す、神物護持せるものなり。唐朝中宗、肅宗、代宗、しきりに歸内供養しき。奉請のとき、奉送のとき、ことさら勅使をつかはし、詔をたまふ。代宗皇帝、あるとき佛衣を曹溪山におくりたてまつる詔にいはく、

今遣鎭國大將軍劉崇景頂戴而送。朕爲之國寶。卿可於本寺安置、令僧衆親承宗旨者、嚴加守護、勿令遺墜(今、鎭國大將軍劉崇景をして、頂戴して送らしむ。朕、之を國寶とす。卿、本寺に安置し、僧衆の親しく宗旨を承けし者をして嚴しく守護を加へ、遺墜せしむることなからしむべし)。

まことに無量恆河沙の三千大千世界を統領せんよりも、佛衣現在の小國に王としてこれを見聞供養したてまつらんは、生死のなかの善生、最勝の生なるべし。佛化のおよぶところ、三千界いづれのところか袈裟なからん。しかありといへども、嫡嫡面授して佛袈裟を正傳せるは、ただひとり嵩嶽の曩祖のみなり、旁出は佛袈裟をさづけられず。二十七祖の旁出、跋陀婆羅菩薩の傳、まさに肇法師におよぶといへども、佛袈裟の正傳なし。震旦の四祖大師、また牛頭山の法融禪師をわたすといへども、佛袈裟を正傳せず。

しかあればすなはち、正嫡の相承なしといへども、如來の正法その功徳むなしからず、千古萬古みな利益廣大なり。正嫡相承せらんは、相承なきとひとしかるべからず。

しかあればすなはち、人天もし袈裟を受持せんは、佛祖相傳の正傳を傳受すべし。印度震旦、正法像法のときは、在家なほ袈裟を受持す。いま遠方邊土の澆季には、剃除鬚髪して佛弟子と稱ずる、袈裟を受持せず、いまだ受持すべきと信ぜず、しらず、あきらめず、かなしむべし。いはんや體色量をしらんや、いはんや著用の法をしらんや。

袈裟はふるくより解脱服と稱ず、業障、煩惱障、報障等、みな解脱すべきなり。龍もし一縷をうれば三熱をまぬかる、牛もし一角にふるればその罪おのづから消滅す。諸佛成道のとき、かならず袈裟を著す。しるべし、最尊最上の功徳なりといふこと。

まことにわれら邊地にうまれて末法にあふ、うらむべしといへども、佛佛嫡嫡相承の衣法にあふたてまつる、いくそばくのよろこびとかせん。いづれの家門か、わが正傳のごとく釋尊の衣法ともに正傳せる。これにあふたてまつりて、たれか恭敬供養せざらん。たとひ一日に無量恆河沙の身命をすてても、供養したてまつるべし、なほ生生世世の値遇頂戴、供養恭敬を發願すべし。われら佛生國をへだつること十萬餘里の山海はるかにして通じがたしといへども、宿善のあひもよほすところ、山海に擁塞せられず、邊鄙の愚蒙きらはるることなし。この正法にあふたてまつり、あくまで日夜に修習す、この袈裟を受持したてまつり、常恆に頂戴護持す。ただ一佛二佛のみもとにして、功徳を修せるのみならんや、すでに恆河沙等の諸佛のみもとにして、もろもろの功徳を修習せるなるべし。たとひ自己なりといふとも、たふとぶべし、隨喜すべし。祖師傳法の深恩、ねんごろに報謝すべし。畜類なほ恩を報ず、人類いかでか恩をしらざらん。もし恩をしらずは、畜類よりも愚なるべし。

この佛衣佛法の功徳、その傳佛正法の祖師にあらざれば、餘輩いまだあきらめず、しらず。諸佛のあとを欣求すべくは、まさにこれを欣樂すべし。たとひ百千萬代ののちも、この正傳を正傳とすべし。これ佛法なるべし、證驗まさにあらたならん。水を乳に入るるに相似すべからず。皇太子の帝位に卽位するがごとし。かの合水の乳なりとも、乳をもちゐん時は、この乳のほかにさらに乳なからんには、これをもちゐるべし。たとひ水と合せずとも、あぶらをもちゐるべからず、うるしをもちゐるべからず、さけをもちゐるべからず。この正傳もまたかくのごとくならん。たとひ凡師の庸流なりとも、正傳あらんは用乳のよろしきときなるべし。いはんや佛佛祖祖の正傳は、皇太子の卽位のごとくなるなり。俗なほいはく、先王の法服にあらざれば服せず。佛子いづくんぞ佛衣にあらざらんを著せん。後漢孝明皇帝、永平十年よりのち、西天東地に往還する出家在家、くびすをつぎてたえずといへども、西天にして佛佛祖祖正傳の祖師にあふといはず。如來より面授相承の系譜なし。ただ經論師にしたがうて、梵本の經教を傳來せるなり。佛法正嫡の祖師にあふといはず、佛袈裟相傳の祖師ありとかたらず。あきらかにしりぬ、佛法の閫奥にいらざりけりといふことを。かくのごときのひと、佛祖正傳のむね、あきらめざるなり。

釋迦牟尼如來、正法眼藏無上菩提を、摩訶迦葉に附授しましますに、迦葉佛正傳の袈裟、ともに傳授しまします。嫡嫡相承して曹溪山大鑑禪師にいたる、三十三代なり。その體色量、親傳せり。それよりのち、靑原南嶽の法孫、したしく傳法しきたり、祖宗の法を搭し、祖宗の法を製す。浣洗の法および受持の法、この嫡嫡面授の堂奥に參學せざれば、しらざるところなり。

袈裟言有三衣、五條衣七條衣、九條衣等大衣也。上行之流、唯受此三衣、不畜餘衣、唯用三衣、供身事足(袈裟は言く三衣有り、五條衣七條衣、九條衣等の大衣也。上行の流は、唯此の三衣を受けて餘衣を畜へず、唯三衣を用て身に供じて事足す)。

若經營作務、大小行來、著五條衣。爲諸善事入衆、著七條衣。教化人天、令其敬信、須著九條等大衣(若し經營作務、大小の行來には、五條衣を著す。諸の善事を爲し入衆せんには、七條衣を著す。人天を教化し、其をして敬信せしめんには、須らく九條等の大衣を著すべし)。

又在屏處、著五條衣、入衆之時、著七條衣。若入王宮聚落、須著大衣(又屏處に在らんには五條衣を著し、入衆の時には七條衣を著す。若し王宮聚落に入らんには、須らく大衣を著すべし)。

又復調和熅燸之時、著五條衣、寒冷之時、加著七條衣、寒苦嚴切、加以著大衣(又復調和熅燸の時には五條衣を著し、寒冷の時には七條衣を加著し、寒苦嚴切ならんには加ふるに以て大衣を著す)。

故往一時、正冬入夜、天寒裂竹。如來於彼初夜分時、著五條衣。夜久轉寒、加七條衣、於夜後分、天寒轉盛、加以大衣(故往の一時、正冬に夜に入りて、天寒くして竹を裂く。如來、彼の初夜の分時に於て、五條衣を著したまひき。夜久しく轉た寒きには七條衣を加へ、夜の後分に於て、天寒轉た盛んなるには、加ふるに大衣を以てしたまひき)。

佛便作念、未來世中、不忍寒苦、諸善男子、以此三衣、足得充身(佛便ち念を作したまはく、未來世の中に、寒苦を忍びざるには、諸の善男子、此の三衣を以て、足らはして充身することを得ん)。

搭袈裟法

偏袒右肩、これ常途の法なり。通兩肩搭の法あり、如來および耆年老宿の儀なり。兩肩を通ずといふとも、胸臆をあらはすときあり、胸臆をおほふときあり。通兩肩搭は六十條衣以上の大袈裟のときなり。搭袈裟のとき、兩端ともに左臂肩にかさねかくるなり。前頭は左端のうへにかけて臂外にたれたり。大袈裟のとき、前頭を左肩より通じて背後にいだしたれたり。このほか種種の著袈裟の法あり、久參咨問すべし。

梁陳隋唐宋あひつたはれて數百歳のあひだ、大小兩乘の學者、おほく講經の業をなげすてて、究竟にあらずとしりて、すすみて佛祖正傳の法を習學せんとするとき、かならず從來の弊衣を脱落して、佛祖正傳の袈裟を受持するなり。まさしくこれ捨邪歸正なり。

如來の正法は、西天すなはち法本なり。古今の人師、おほく凡夫の情量局量の小見をたつ。佛界衆生界、それ有邊無邊にあらざるがゆゑに、大小乘の教行人理、いまの凡夫の局量にいるべからず。しかあるに、いたづらに西天を本とせず、震旦國にして、あらたに局量の小見を今案して佛法とせる、道理しかあるべからず。

しかあればすなはち、いま發心のともがら、袈裟を受持すべくは、正傳の袈裟を受持すべし。今案の新作袈裟を受持すべからず。正傳の袈裟といふは、少林曹溪正傳しきたれる、如來の嫡嫡相承なり。一代も虧闕なし。その法子法孫の著しきたれる、これ正傳袈裟なり。唐土の新作は正傳にあらず。いま古今に、西天よりきたれる僧徒の所著の袈裟、みな佛祖正傳の袈裟のごとく著せり。一人としても、いま震旦新作の律學のともがらの所製の袈裟のごとくなるなし。くらきともがら、律學の袈裟を信ず、あきらかなるものは抛却するなり。

おほよそ、佛佛祖祖相傳の袈裟の功徳、あきらかにして信受しやすし。正傳まさしく相承せり。本樣まのあたりつたはれり、いまに現在せり。受持しあひ嗣法していまにいたる。受持せる祖師、ともにこれ證契傳法の師資なり。

しかあればすなはち、佛祖正傳の作袈裟の法によりて作法すべし。ひとりこれ正傳なるがゆゑに。凡聖人天龍神、みなひさしく證知しきたれるところなり。この法の流布にむまれあひて、ひとたび袈裟を身體におほひ、刹那須臾も受持せん、すなはちこれ決定成無上菩提の護身符子ならん。一句一偈を身心にそめん、長劫光明の種子として、つひに無上菩提にいたる。一法一善を身心にそめん、亦復如是なるべし。心念も刹那生滅し無所住なり、身體も刹那生滅し無所住なりといへども、所修の功徳、かならず熟脱のときあり。袈裟また作にあらず無作にあらず、有所住にあらず無所住にあらず、唯佛與佛の究盡するところなりといへども、受持する行者、その所得の功徳、かならず成就するなり、かならず究竟するなり。もし宿善なきものは、一生二生乃至無量生を經歴すといふとも、袈裟をみるべからず、袈裟を著すべからず、袈裟を信受すべからず、袈裟をあきらめしるべからず。いま震旦國日本國をみるに、袈裟をひとたび身體に著することうるものあり、えざるものあり。貴賤によらず、愚智によらず。はかりしりぬ、宿善によれりといふこと。

しかあればすなはち、袈裟を受持せんは宿善よろこぶべし、積功累徳うたがふべからず。いまだえざらんはねがふべし、今生いそぎ、そのはじめて下種せんことをいとなむべし。さはりありて受持することえざらんものは、諸佛如來、佛法僧の三寶に、慚愧懺悔すべし。他國の衆生いくばくかねがふらん、わがくにも震旦國のごとく、如來の衣法まさしく正傳親臨せましと。おのれがくにに正傳せざること、慚愧ふかかるらん、かなしむうらみあるらん。われらなにのさいはひありてか、如來世尊の衣法正傳せる法にあひたてまつれる。宿殖般若の大功徳力なり。

いま末法惡時世は、おのれが正傳なきをはぢず、他の正傳あるをそねむ、おもはくは魔黨ならん。おのれがいまの所有所住は、前業にひかれて眞實にあらず。ただ正傳佛法に歸敬せん、すなはちおのれが學佛の實歸なるべし。

およそしるべし、袈裟はこれ諸佛の恭敬歸依しましますところなり。佛身なり、佛心なり。解脱服と稱じ、福田衣と稱じ、無相衣と稱じ、無上衣と稱じ、忍辱衣と稱じ、如來衣と稱じ、大慈大悲衣と稱じ、勝幡衣と稱じ、阿耨多羅三藐三菩提衣と稱ず。まさにかくのごとく受持頂戴すべし。かくのごとくなるがゆゑに、こころにしたがうてあらたむべきにあらず。

その衣財、また絹布よろしきにしたがうてもちゐる。かならずしも布は淸淨なり、絹は不淨なるにあらず。布をきらうて絹をとる所見なし、わらふべし。諸佛の常法、かならず糞掃衣を上品とす。

糞掃に十種あり、四種あり。

いはゆる火燒、牛嚼、鼠嚙、死人衣等。五印度人、如此等衣、棄之巷野。事同糞掃、名糞掃衣。行者取之、浣洗縫治、用以供身(火燒、牛嚼、鼠嚙、死人衣等なり。五印度の人、此の如き等の衣、之を巷野に棄つ。事、糞掃に同じ、糞掃衣と名づく。行者之を取つて、浣洗縫治して、用以て身に供ず)。

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正法眼藏第三 袈裟功徳 · 1 · Shōbōgenzō (Tesoro del ojo del verdadero Dharma) — Dōgen · The Conscious Library