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Chapter 102 of 122

正法眼藏第三 袈裟功徳 · 2

そのなかに絹類あり、布類あり。絹布の見をなげすてて、糞掃を參學すべきなり。

糞掃衣は、むかし阿耨達池にして浣洗せしに、龍王讃歎、雨花禮拜しき。

小乘教師また化絲の説あり、よところなかるべし、大乘人わらふべし。いづれか化絲にあらざらん。なんぢ化をきくみみを信ずとも、化をみる目をうたがふ。

しるべし、糞掃をひろふなかに、絹に相似なる布あらん、布に相似なる絹あらん。土俗萬差にして造化はかりがたし、肉眼のよくしるところにあらず。かくのごときのものをえたらん、絹布と論ずべからず、糞掃と稱ずべし。たとひ人天の糞掃と生長せるありとも、有情ならじ、糞掃なるべし。たとひ松菊の糞掃と生長せるありとも、非情ならじ、糞掃なるべし。糞掃の絹布にあらず、金銀珠玉にあらざる道理を信受するとき、糞掃現成するなり。絹布の見解いまだ脱落せざれば、糞掃也未夢見在なり。

ある僧かつて古佛にとふ、黄梅夜半の傳衣、これ布なりとやせん、絹なりとやせん。畢竟じてなにものなりとかせん。

古佛いはく、これ布にあらず、これ絹にあらず。

しるべし、袈裟は絹布にあらざる、これ佛道の玄訓なり。

商那和修尊者は第三の附法藏なり、むまるるときより衣と倶生せり。この衣、すなはち在家のときは俗服なり、出家すれば袈裟となる。また鮮白比丘尼、發願施氎ののち、生生のところ、および中有、かならず衣と倶生せり。今日釋迦牟尼佛にあふたてまつりて出家するとき、生得の俗衣、すみやかに轉じて袈裟となる。和修尊者におなじ。あきらかにしりぬ、袈裟は絹布等にあらざること。いはんや佛法の功徳、よく身心諸法を轉ずること、それかくのごとし。われら出家受戒のとき、身心依正すみやかに轉ずる道理あきらかなれど、愚蒙にしてしらざるのみなり。諸佛の常法、ひとり和修鮮白に加して、われらに加せざることなきなり。隨分の利益、うたがふべからざるなり。

かくのごとくの道理、あきらかに功夫參學すべし。善來得戒の披體の袈裟、かならずしも布にあらず、絹にあらず。佛化難思なり、衣裏の寶珠は算沙の所能にあらず。

諸佛の袈裟の體色量の有量無量、有相無相、あきらめ參學すべし。西天東地、古往今來の祖師、みな參學正傳せるところなり。祖祖正傳のあきらかにしてうたがふところなきを見聞しながら、いたづらにこの祖師に正傳せざらんは、その意樂ゆるしがたからん。愚癡のいたり、不信のゆゑなるべし。實をすてて虛をもとめ、本をすてて末をねがふものなり。これ如來を輕忽したてまつるならん。菩提心をおこさんともがら、かならず祖師の正傳を傳受すべし。われらあひがたき佛法にあひたてまつるのみにあらず、佛袈裟正傳の法孫としてこれを見聞し、學習し、受持することをえたり。すなはちこれ如來をみたてまつるなり。佛説法をきくなり、佛光明にてらさるるなり、佛受用を受用するなり。佛心を單傳するなり、佛髓をえたるなり。まのあたり釋迦牟尼佛の袈裟におほはれたてまつるなり。釋迦牟尼佛まのあたりわれに袈裟をさづけましますなり。ほとけにしたがふたてまつりて、この袈裟はうけたてまつれり。

浣袈裟法

袈裟をたたまず、淨桶にいれて、香湯を百沸して、袈裟をひたして、一時ばかりおく。またの法、きよき灰水を百沸して、袈裟をひたして、湯のひややかになるをまつ。いまはよのつねに灰湯をもちゐる。灰湯、ここにはあくのゆといふ。灰湯さめぬれば、きよくすみたる湯をもて、たびたびこれを浣洗するあひだ、兩手にいれてもみあらはず、ふまず。あかのぞこほり、あぶらのぞこほるを期とす。そののち、沈香栴檀香等を冷水に和してこれをあらふ。そののち淨竿にかけてほす。よくほしてのち、摺襞してたかく安じて、燒香散花して、右遶數匝して禮拜したてまつる。あるいは三拜、あるいは六拜、あるいは九拜して、胡跪合掌して、袈裟を兩手にささげて、くちに偈を誦してのち、たちて如法に著したてまつる。

世尊告大衆言、我往昔在寶藏佛所時、爲大悲菩薩。爾時大悲菩薩摩訶薩、在寶藏佛前、而發願言(世尊大衆に告げて言はく、我れ往昔寶藏佛の所に在りし時、大悲菩薩たり。爾の時に大悲菩薩摩訶薩、寶藏佛の前に在りて發願して言さく)、

世尊、我成佛已、若有衆生入我法中出家著袈裟者、或犯重戒、或行邪見、若於三寶輕毀不信、集諸重罪、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、若於一念中、生恭敬心、尊重僧伽梨衣、生恭敬心、尊重世尊或於法僧、世尊如是衆生、乃至一人、不於三乘得受記莂、而退轉者、則爲欺誑十方世界、無量無邊阿僧祇等、現在諸佛。必定不成阿耨多羅三藐三菩提(世尊、我成佛し已らんに、若し衆生有つて、我が法の中に入りて、出家して袈裟を著する者の、或いは重戒を犯し、或いは邪見を行じ、若しは三寶に於て輕毀して信ぜず、諸の重罪を集たらん比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、若し一念の中に恭敬心を生じて、僧伽梨衣を尊重し、恭敬心を生じて世尊或いは法僧に於て尊重せん。世尊、是の如くの衆生、乃至一人も、三乘に於て記莂を受くることを得ずして而も退轉せば、則ち爲十方世界の無量無邊阿僧祇等の現在の諸佛を欺誑したてまつるなり。必定じて阿耨多羅三藐三菩提を成らじ)。

世尊、我成佛已來、諸天龍鬼神、人及非人、若能於此著袈裟者、恭敬供養、尊重讃歎。其人若得見此袈裟少分、卽得不退於三乘中(世尊、我れ成佛してより已來、諸の天龍鬼神、人及び非人、若し能く此の著袈裟の者に於て、恭敬供養し、尊重讃歎せん。其の人若し此の袈裟の少分を見ることを得ば、卽ち三乘の中に於て不退なることを得ん)。

若有衆生、爲飢渇所逼、若貧窮鬼神、下賤諸人、乃至餓鬼衆生、若得袈裟少分乃至四寸、卽得飮食充足、隨其所願、疾得成就(若し衆生有つて、飢渇の爲に逼められん、若しは貧窮の鬼神、下賤の諸人、乃至餓鬼の衆生までも、若し袈裟の少分の乃至四寸を得たらんには、卽ち飮食充足することを得ん。その所願に隨ひて疾く成就することを得ん)。

若有衆生、共相違反、起怨賊想、展轉鬪諍、若諸天龍鬼神、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、狗辨荼、毘舍遮、人及非人、共鬪諍時、念此袈裟、依袈裟力、尋生悲心、柔軟之心、無怨賊心、寂滅之心、調伏善心、還得淸淨(若し衆生有つて、共に相違反し、怨賊の想を起して、展轉鬪諍せん、若しは諸の天龍、鬼神、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、狗辨荼、毘舍遮、人及非人、共に鬪諍せん時、此の袈裟を念ぜば、袈裟の力に依りて、尋いで悲心、柔軟の心、無怨賊の心、寂滅の心、調伏の善心を生じて、還た淸淨なることを得ん)。

有人若在兵甲鬪訟斷事之中、持此袈裟少分至此輩中、爲自護故、供養恭敬尊重、是諸人等、無能侵毀觸嬈輕弄。常得勝他、過此諸難(人有つて若し兵甲鬪訟斷事の中に在らんに、此の袈裟の少分を持つて此の輩の中に至らん、自護の爲の故に、供養し恭敬し尊重せん、是の諸人等、能く侵毀觸嬈輕弄すること無けん。常に他に勝つことを得て、此の諸難を過ぎん)。

世尊、若我袈裟、不能成就如是五事聖功徳者、則爲欺誑十方世界、無量無邊阿僧祇等、現在諸佛。未來不應成就阿耨多羅三藐三菩提作佛事也。沒失善法、必定不能破壞外道(世尊、若し我が袈裟の、是の如くの五事の聖功徳を成就すること能はずは、則ち十方世界の無量無邊阿僧祇等の現在したまふ諸佛を欺誑したてまつるなり。未來に應に阿耨多羅三藐三菩提を成就し、佛事を作すべからず。善法を沒失し、必定じて外道を破壞すること能はじ)。

善男子、爾時寶藏如來、申金色右臂、摩大悲菩薩頂、讃言、善哉善哉、大丈夫、汝所言者、是大珍寶、是大賢善。汝成阿耨多羅三藐三菩提已、是袈裟服、能成就此五聖功徳、作大利益(善男子、爾の時に寶藏如來、金色の右臂を申べて、大悲菩薩の頂を摩でて讃めて言はく、善哉善哉、大丈夫、汝が所言は、是れ大珍寶なり、是れ大賢善なり。汝、阿耨多羅三藐三菩提を成じ已らんに、是の袈裟服は、能く此の五聖功徳を成就して大利益を作さん)。

善男子、爾時大悲菩薩摩訶薩、聞佛讃歎已、心生歡喜、踊躍無量。因佛申此金色之臂、長作合縵。其手柔軟、猶如天衣、摩其頭已、其身卽變、状如僮子二十歳(善男子、爾の時に大悲菩薩摩訶薩、佛の讃歎したまふを聞き已りて、心に歡喜を生じ、踊躍すること無量なり。因みに佛此の金色の臂を申べたまふに、長作合縵なり。その手柔軟なること、猶ほ天衣の如く、其の頭を摩で已るに、其の身卽ち變じて、状僮子二十歳ばかりの人の如し)。

善男子、彼會大衆、諸天龍神乾闥婆、人及非人、叉手恭敬、向大悲菩薩、供養種種華、乃至伎樂而供養之、復種種讃歎已、默然而住(善男子、彼の會の大衆、諸天龍神乾闥婆、人及非人、叉手恭敬し、大悲菩薩に向ひて種種の花を供養し、乃至伎樂して之を供養し、復た種種に讃歎し已りて、默然として住せり)。

如來在世より今日にいたるまで、菩薩聲聞の經律のなかより、袈裟の功徳をえらびあぐるとき、かならずこの五聖功徳をむねとするなり。

まことにそれ、袈裟は三世諸佛の佛衣なり。その功徳無量なりといへども、釋迦牟尼佛の法のなかにして袈裟をえたらんは、餘佛の法のなかにして袈裟をえんにもすぐれたるべし。ゆゑいかんとなれば、

釋迦牟尼佛むかし因地のとき、大悲菩薩摩訶薩として、寶藏佛のみまへにて五百大願をたてましますとき、ことさらこの袈裟の功徳におきて、かくのごとく誓願をおこしまします。その功徳、さらに無量不可思議なるべし。しかあればすなはち、世尊の皮肉骨髓いまに正傳するといふは袈裟衣なり。正法眼藏を正傳する祖師、かならず袈裟を正傳せり。この衣を傳持し頂戴する衆生、かならず二三生のあひだに得道せり。たとひ戲笑のため利益のために身を著せる、かならず得道の因緣なり。

龍樹祖師曰、復次佛法中出家人、雖破戒墮罪、罪畢得解脱、如優鉢羅華比丘尼本生經中説(復た次に佛法中の出家人は、破戒して墮罪すと雖も、罪畢りぬれば解脱を得ること、優鉢羅華比丘尼本生經の中に説くが如し)。

佛在世時、此比丘尼、得六神通阿羅漢。入貴人舍、常讃出家法、語諸貴人婦女言、姉妹可出家(佛在世の時、此の比丘尼、六神通阿羅漢を得たり。貴人の舍に入りて、常に出家の法を讃めて、諸の貴人婦女に語りて言く、姉妹、出家すべし)。

諸貴婦女言、我等少壯容色盛美、持戒爲難、或當破戒(我等少壯くして容色盛美なり、持戒を難しと爲す、或いは當に破戒すべし)。

比丘尼言、破戒便破、但出家(戒を破らば便ち破すべし、但だ出家すべし)。

問言、破戒當墮地獄、云何可破(戒を破らば當に地獄に墮すべし、云何が破すべき)。

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正法眼藏第三 袈裟功徳 · 2 · Shōbōgenzō (Treasury of the True Dharma Eye) — Dōgen · The Conscious Library