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Chapter 29 of 122

正法眼藏第十六 行持 下 · 4

儞不見、達磨西來、到少室山下、面壁九年。二祖至立雪斷臂、可謂受艱辛。然而達磨不曾措了、二祖不曾問著一句。還喚達磨作不爲人得麼、喚二祖做不求師得麼。山僧毎至説著古聖做處、便無覺地容身。慚愧後人軟弱。又況百味珍羞、逓相供養、道我四事具足、方可發心。只恐做手脚不迭、便是隔生隔世去也。時光似箭、深爲可惜。雖然如是、更在他人從長相度。山僧也強教儞不得(儞見ずや、達磨西來して、少室山の下に到つて、面壁九年す。二祖立雪斷臂するに至るまで、謂つべし、艱辛を受くと。然れども達磨曾て措了せず、二祖曾て一句を問著せず。還つて達磨を喚んで不爲人と作んや、二祖を喚んで不求師と做んや。山僧古聖の做處を説著するに至る毎に、便ち地の容身すべき無きを覺ゆ。慚愧づらくは後人軟弱なること。又況に百味珍羞、逓に相供養し、道ふ、我れは四事具足して、方に發心すべしと。只恐らくは做手脚不迭にして、便ち是れ隔生隔世せん。時光箭に似たり、深く可惜たり。然も是の如くなりと雖も、更に他人の從長して相度する在らん。山僧也強ひて儞に教ふること不得なり)。

諸人者、還見古人偈麼(諸人者、還古人の偈を見るや)、

山田脱粟飯、

野菜淡黄齏、

喫則從君喫、

不喫任東西。

(山田脱粟の飯、野菜淡黄の齏、喫することは則ち君の喫するに從す、喫せざれば東西に任す。)

伏惟同道、各自努力。珍重(伏して惟んみれば同道、各自努力よや。珍重)。

これすなはち祖宗單傳の骨髓なり。

高祖の行持おほしといへども、しばらくこの一枚を擧するなり。いまわれらが晩學なる、芙蓉高祖の芙蓉山に修練せし行持、したひ參學すべし。それすなはち祇園の正儀なり。

洪州江西開元寺大寂禪師、諱道一、漢州十方縣人なり。南嶽に參侍すること十餘載なり。あるとき、郷里にかへらんとして半路にいたる。半路よりかへりて燒香禮拜するに、南嶽ちなみに偈をつくりて馬祖にたまふにいはく、

勸君莫歸郷、

歸郷道不行。

竝舍老婆子、

説汝舊時名。

(勸君すらく歸郷すること莫れ、歸郷は道行はれず。竝舍の老婆子、汝が舊時の名を説かん。)

この法話をたまふに、馬祖、うやまひたまはりて、ちかひていはく、われ生生にも漢州にむかはざらんと誓願して、漢州にむかひて一歩をあゆまず。江西に一往して十方を往來せしむ。わづかに卽心卽佛を道得するほかに、さらに一語の爲人なし。しかありといへども南嶽の嫡嗣なり、人天の命脈なり。

いかなるかこれ莫歸郷。莫歸郷とはいかにあるべきぞ。東西南北の歸去來、ただこれ自己の倒起なり。まことに歸郷道不行なり。道不行なる歸郷なりとや行持する、歸郷にあらざるとや行持する、歸郷なにによりてか道不行なる。不行にさへらるとやせん、自己にさへらるとやせん。

竝舍老婆子は説汝舊時名なりとはいはざるなり。竝舍老婆子、説汝舊時名なりといふ道得なり。南嶽いかにしてかこの道得ある、江西いかにしてかこの法語をうる。その道理は、われ向南行するときは大地おなじく向南行するなり、餘方もまたしかあるべし。須彌大海を量としてしかあらずと疑殆し、日月星辰に格量して猶滯するは小見なり。

第三十二祖大滿禪師は黄梅人なり。俗姓は周氏なり。母の姓を稱なり。師は無父而生なり。たとへば、李老君のごとし。七歳傳法よりのち、七十有四にいたるまで、佛祖正法眼藏、よくこれを住持し、ひそかに衣法を慧能行者に付屬する、不群の行持なり。衣法を神秀にしらせず、慧能に付屬するゆゑに正法の壽命不斷なるなり。

先師天童和尚は越上人事なり。十九歳にして教學をすてて參學するに、七旬におよんでなほ不退なり。嘉定の皇帝より紫衣師號をたまはるといへどもつひにうけず、修表辭謝す。十方の雲衲ともに崇重す、遠近の有識ともに隨喜するなり。皇帝大悅して御茶をたまふ。しれるものは奇代の事と讃歎す、まことにこれ眞實の行持なり。そのゆゑは、愛名は犯禁よりもあし。犯禁は一事の非なり、愛名は一生の累なり。おろかにしてすてざることなかれ、くらくしてうくることなかれ。うけざるは行持なり、すつるは行持なり。六代の祖師、おのおの師號あるは、みな滅後の敕謚なり、在世の愛名にあらず。しかあれば、すみやかに生死の愛名をすてて、佛祖の行持をねがふべし。貪愛して禽獸にひとしきことなかれ。おもからざる吾我をむさぼり愛するは禽獸もそのおもひあり、畜生もそのこころあり。名利をすつることは人天もまれなりとするところ、佛祖いまだすてざるはなし。

あるがいはく、衆生利益のために貪名愛利すといふ、おほきなる邪説なり。附佛法の外道なり、謗正法の魔黨なり。なんぢいふがごとくならば、不貪名利の佛祖は利生なきか。わらふべし、わらふべし。又、不貪の利生あり、いかん。又そこばくの利生あることを學せず、利生にあらざるを利生と稱ずる、魔類なるべし。なんぢに利益せられん衆生は、墮獄の種類なるべし。一生のくらきことをかなしむべし、愚蒙を利生に稱ずることなかれ。しかあれば、師號を恩賜すとも上表辭謝する、古來の勝躅なり、晩學の參究なるべし。まのあたり先師をみる、これ人にあふなり。

先師は十九歳より離郷尋師、辨道功夫すること、六十五歳にいたりてなほ不退不轉なり。帝者に親近せず、帝者にみえず。丞相と親厚ならず、官員と親厚ならず。紫衣師號を表辭するのみにあらず、一生まだらなる袈裟を搭せず、よのつねに上堂入室、みなくろき袈裟裰子をもちゐる。

衲子を教訓するにいはく、參禪學道は第一有道心、これ學道のはじめなり。いま二百來年、祖師道すたれたり、かなしむべし。いはんや一句を道得せる皮袋すくなし。某甲そのかみ徑山に掛錫するに、光佛照そのときの粥飯頭なりき。上堂していはく、佛法禪道かならずしも他人の言句をもとむべからず、ただ各自理會。かくのごとくいひて、僧堂裏都不管なりき、雲水兄弟也都不管なり。祗管與官客相見追尋(祗管に官客と相見追尋)するのみなり。佛照、ことに佛法の機關をしらず、ひとへに貪名愛利のみなり。佛法もし各自理會ならば、いかでか尋師訪道の老古錐あらん。眞箇是光佛照、不曾參禪也(眞箇是れ光佛照、曾て參禪せざるなり)。いま諸方長老無道心なる、ただ光佛照箇子也。佛法那得他手裏有(佛法那んぞ他が手裏に有ることを得ん)。可惜、可惜。

かくのごとくいふに、佛照兒孫おほくきくものあれど、うらみず。

又いはく、參禪者身心脱落也、不用燒香禮拜念佛修懺看經、祗管坐始得(參禪は身心脱落なり、燒香禮拜念佛修懺看經を用ゐず、祗管に坐して始得なり)。

まことに、いま大宋國の諸方に、參禪に名字をかけ、祖宗の遠孫と稱ずる皮袋、ただ一、二百のみにあらず、稻麻竹葦なりとも、打坐を打坐に勸誘するともがら、たえて風聞せざるなり。ただ四海五湖のあひだ、先師天童のみなり。諸方もおなじく天童をほむ、天童諸方をほめず。又すべて天童をしらざる大刹の主もあり。これは中華にむまれたりといへども、禽獸の流類ならん。參ずべきを參ぜず、いたづらに光陰を蹉過するがゆゑに。あはれむべし、天童をしらざるやからは、胡説亂道をかまびすしくするを佛祖の家風と錯認せり。

先師よのつねに普説す、われ十九載よりこのかた、あまねく諸方の叢林をふるに、爲人師なし。十九載よりこのかた、一日一夜も不礙蒲團の日夜あらず。某甲未住院よりこのかた、郷人とものがたりせず。光陰をしきによりてなり。掛錫の所在にあり、庵裏寮舍すべていりてみることなし。いはんや游山翫水に功夫をつひやさんや。雲堂公界の坐禪のほか、あるいは閣上、あるいは屏處をもとめて、獨子ゆきて、穩便のところに坐禪す。つねに袖裏に蒲團をたづさへて、あるいは岩下にも坐禪す。つねにおもひき、金剛座を坐破せんと。これ、もとむる所期なり。臀肉の爛壞するときどきもありき。このとき、いよいよ坐禪をこのむ。某甲今年六十五載、老骨頭懶、不會坐禪なれども、十方兄弟をあはれむによりて、住持山門、曉諭方來、爲衆傳道なり。諸方長老、那裏有什麼佛法なるゆゑに。

かくのごとく上堂し、かくのごとく普説するなり。

又、諸方の雲水の人事の産をうけず。

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正法眼藏第十六 行持 下 · 4 · Shōbōgenzō (Treasury of the True Dharma Eye) — Dōgen · The Conscious Library