Skip to content
The ConsciousLibrary

Chapter 28 of 122

正法眼藏第十六 行持 下 · 3

これより堂奥にいる。執侍八年、勤勞千萬、まことにこれ人天の大依怙なるなり、人天の大導師なるなり。かくのごときの勤勞は、西天にもきかず、東地はじめてあり。

破顔は古をきく、得髓は祖に學す。しづかに觀想すらくは、初祖いく千萬の西來ありとも、二祖もし行持せずば、今日の飽學措大あるべからず。今日われら正法を見聞するたぐひとなれり、祖の恩かならず報謝すべし。その報謝は、餘外の法はあたるべからず、身命も不足なるべし、國城もおもきにあらず。國城は他人にもうばはる、親子にもゆづる。身命は無常にもまかす、主君にもまかす、邪道にもまかす。しかあれば、これを擧して報謝に擬するに不道なるべし。ただまさに日日の行持、その報謝の正道なるべし。

いはゆるの道理は、日日の生命を等閑にせず、わたくしにつひやさざらんと行持するなり。そのゆゑはいかん。この生命は、前來の行持の餘慶なり、行持の大恩なり。いそぎ報謝すべし。かなしむべし、はづべし、佛祖行持の功徳分より生成せる形骸を、いたづらなる妻子のつぶねとなし、妻子のもちあそびにまかせて、破落ををしまざらんことは。邪狂にして身命を名利の羅刹にまかす。名利は一頭の大賊なり。名利をおもくせば名利をあはれむべし。名利をあはれむといふは、佛祖となりぬべき身命を、名利にまかせてやぶらしめざるなり。妻子親族あはれまんことも、またかくのごとくすべし。名利は夢幻空花と學することなかれ、衆生のごとく學すべし。名利をあはれまず、罪報をつもらしむることなかれ。參學の正眼、あまねく諸方をみんこと、かくのごとくなるべし。

世人のなさけある、金銀珍玩の蒙惠なほ報謝す、好語好聲のよしみ、こころあるはみな報謝のなさけをはげむ。如來無上の正法を見聞する大恩、たれの人面か、わするるときあらん。これをわすれざらん、一生の珍寶なり。この行持を不退轉ならん形骸髑髏は、生時死時、おなじく七寶塔におさめ、一切人天皆應供養の功徳なり。かくのごとく大恩ありとしりなば、かならず草露の命をいたづらに零落せしめず、如山の徳をねんごろに報ずべし。これすなはち行持なり。

この行持の功は、祖佛として行持するわれありしなり。おほよそ初祖二祖、かつて精藍を草創せず、薙草の繁務なし。および三祖四祖もまたかくのごとし。五祖六祖の寺院を自草せず、靑原南嶽もまたかくのごとし。

石頭大師は草庵を大石にむすびて石上に坐禪す。晝夜にねぶらず、坐せざるときなし。衆務を虧闕せずといへども、十二時の坐禪かならずつとめきたれり。いま靑原の一派の天下に流通すること、人天を利潤せしむることは、石頭大力の行持堅固のしかあらしむるなり。いまの雲門法眼のあきらむるところある、みな石頭大師の法孫なり。

第三十一祖大醫禪師は、十四歳のそのかみ、三祖大師をみしより、服勞九載なり。すでに佛祖の祖風を嗣續するより、攝心無寐にして脅不至席なること僅六十年なり。化、怨親にかうぶらしめ、徳、人天にあまねし。眞丹の第四祖なり。

貞觀癸卯歳、太宗嚮師道味、欲瞻風彩、詔赴京。師上表遜謝、前後三返、竟以疾辭。第四度、命使曰、如果不赴、卽取首來。使至山諭旨。師乃引頚就刄、神色儼然。使異之、廻以状聞。帝彌加歎慕。就賜珍繒、以遂其志(貞觀癸卯の歳、太宗、師の道味を嚮び、風彩を瞻んとして、赴京を詔す。師、上表して遜謝すること前後三返、竟に疾を以て辭す。第四度、使に命じて曰く、如果して赴せずは、卽ち首を取りて來れ。使、山に至つて旨を諭す。師乃ち頚を引いて刄に就く、神色儼然たり。使、之を異とし、廻つて状を以て聞す。帝彌加歎慕す。珍繒を就賜して、以てその志を遂ぐ)。

しかあればすなはち、四祖禪師は身命を身命とせず、王臣に親近せざらんと行持せる行持、これ千歳の一遇なり。太宗は有義の國主なり、相見のものうかるべきにあらざれども、かくのごとく先達の行持はありけると參學すべきなり。人主としては、引頚就刄して身命ををしまざる人物をも、なほ歎慕するなり。これいたづらなるにあらず、光陰ををしみ、行持を專一にするなり。上表三返、奇代の例なり。いま澆季には、もとめて帝者にまみえんとねがふあり。

高宗永徽辛亥歳、閏九月四日、忽垂誡門人曰、一切諸法悉皆解脱。汝等各自護念、流化未來。言訖安坐而逝。壽七十有二、塔于本山。明年四月八日、塔戸無故自開、儀相如生。爾後、門人不敢復閉(高宗の永徽辛亥の歳、閏九月四日、忽ちに門人に垂誡して曰く、一切諸法は悉く皆解脱なり。汝等各自護念すべし、未來を流化すべし。言ひ訖りて安坐して逝す。壽七十有二。本山に塔たつ。明年四月八日、塔の戸、故無く自ら開く、儀相生ける如し。爾後、門人敢てまた閉ぢず)。

しるべし、一切諸法悉皆解脱なり、諸法の空なるにあらず、諸法の諸法ならざるにあらず、悉皆解脱なる諸法なり。いま四祖には、未入塔時の行持あり、既在塔時の行持あるなり。生者かならず滅ありと見聞するは小見なり、滅者は無思覺と知見せるは小聞なり。學道にはこれらの小聞小見をならふことなかれ。生者の滅なきもあるべし、滅者の有思覺なるもあるべきなり。

福州玄沙宗一大師、法名師備、福州閩縣人也。姓謝氏。幼年より垂釣をこのむ。小艇を南臺江にうかめて、もろもろの漁者になれきたる。唐の咸通のはじめ、年甫三十なり。たちまちに出塵をねがふ。すなはち釣舟をすてて、芙蓉山靈訓禪師に投じて落髪す。豫章開元寺道玄律師に具足戒をうく。

布衲芒履、食纔接氣、常終日宴坐。衆皆異之。與雪峰義存、本法門昆仲、而親近若師資。雪峰以其苦行、呼爲頭陀(布衲芒履なり、食は纔かに氣を接す、常に終日宴坐す。衆皆之を異なりとす、雪峰義存と、本と法門の昆中なり、而して親近すること師資の若し。雪峰其の苦行を以て、呼んで頭陀と爲す)。

一日雪峰問曰、阿那箇是備頭陀(一日、雪峰問ふて曰く、阿那箇か是れ備頭陀)。

師對曰、終不敢誑於人(師對へて曰く、終に敢て人を誑かさず)。

異日雪峰召曰、備頭陀何不徧參去(異日雪峰召んで曰く、備頭陀何ぞ徧參去せざる)。

師曰く、達磨不來東土、二祖不往西天。

雪峰然之。

つひに象骨山にのぼるにおよんで、すなはち師と同力締構するに、玄徒臻萃せり。師の入室咨決するに、晨昏にかはることなし。諸方の玄學のなかに所未決あるは、かならず師にしたがひて請益するに、雪峰和尚いはく、備頭陀にとふべし。師まさに仁にあたりて不讓にしてこれをつとむ。拔群の行持にあらずよりは、恁麼の行履あるべからず。終日宴坐の行持、まれなる行持なり。いたづらに聲色に馳騁することはおほしといへども、終日の宴坐はつとむる人まれなるなり。いま晩學としては、のこりの光陰のすくなきことをおそりて、終日宴坐、これをつとむべきなり。

長慶の慧稜和尚は、雪峰下の尊宿なり。雪峰と玄沙とに往來して、參學すること僅二十九年なり。その年月に蒲團二十枚を坐破す。いまの人の坐禪を愛するあるは、長慶をあげて慕古の勝躅とす。したふはおほし、およぶすくなし。しかあるに、三十年の功夫むなしからず、あるとき涼簾を卷起せしちなみに、忽然として大悟す。

三十來年かつて郷土にかへらず、親族にむかはず、上下肩と談笑せず、專一に功夫す。師の行持は三十年なり。疑滯を疑滯とせること三十年、さしおかざる利機といふべし、大根といふべし。勵志の堅固なる、傳聞するは或從經卷なり。ねがふべきをねがひ、はづべきをはぢとせん、長慶に相逢すべきなり。實を論ずれば、ただ道心なく、操行つたなきによりて、いたづらに名利には繋縛せらるるなり。

大潙山大圓禪師は、百丈の授記より、直に潙山の峭絶にゆきて、鳥獸爲伍して結草修練す。風雪を辭勞することなし。橡栗充食せり。堂宇なし、常住なし。しかあれども、行持の見成すること四十來年なり。のちには海内の名藍として龍象蹴踏するものなり。

梵刹の現成を願ぜんにも、人情をめぐらすことなかれ、佛法の行持を堅固にすべきなり。修練ありて堂閣なきは古佛の道場なり、露地樹下の風、とほくきこゆ。この處在、ながく結界となる。まさに一人の行持あれば、諸佛の道場につたはるなり。末世の愚人、いたづらに堂閣の結構につかるることなかれ。佛祖いまだ堂閣をねがはず。自己の眼目いまだあきらめず、いたづらに殿堂精藍を結構する、またく諸佛の佛宇を供養せんとにはあらず、おのれが名利の窟宅とせんがためなり。潙山のそのかみの行持、しづかにおもひやるべきなり。おもひやるといふは、わがいま潙山にすめらんがごとくおもふべし。深夜のあめの聲、こけをうがつのみならんや、巖石を穿却するちからもあるべし。冬天のゆきの夜は、禽獸もまれなるべし、いはんや人煙のわれをしるあらんや。命をかろくし法をおもくする行持にあらずは、しかあるべからざる活計なり。薙草すみやかならず、土木いとなまず。ただ行持修練し、辨道功夫あるのみなり。あはれむべし、正法傳持の嫡祖、いくばくか山中の嶮岨にわづらふ。潙山をつたへきくには、池あり、水あり、こほりかさなり、きりかさなるらん。人物の堪忍すべき幽棲にあらざれども、佛道と玄奥と、化、成ずることあらたなり。かくのごとく行持しきたれりし道得を見聞す、身をやすくしてきくべきにあらざれども、行持の勤勞すべき報謝をしらざれば、たやすくきくといふとも、こころあらん晩學、いかでかそのかみの潙山を、目前のいまのごとくおもひやりてあはれまざらん。

この潙山の行持の道力化功によりて、風輪うごかず、世界やぶれず。天衆の宮殿おだいかなり、人間の國土も保持せるなり。潙山の遠孫にあらざれども、潙山は祖宗なるべし。のちに仰山きたり侍奉す。仰山、もとは百丈先師のところにして、問十答百の鶖子なりといへども、潙山に參侍して、さらに看牛三年の功夫となる。近來は斷絶し、見聞することなき行持なり。三年の看牛、よく道得を人にもとめざらしむ。

芙蓉山の楷祖、もはら行持見成の本源なり。國主より定照禪師號ならびに紫袍をたまふに、祖、うけず、修表具辭す。國主とがめあれども、師、つひに不受なり。米湯の法味つたはれり。芙蓉山に庵せしに、道俗の川湊するもの、僅數百人なり。日食粥一杯なるゆゑに、おほく引去す。師、ちかふて赴齋せず。あるとき衆にしめすにいはく、

夫出家者、爲厭塵勞。求脱生死、休心息念、斷絶攀緣。故名出家。豈可以等閑利養、埋沒平生。直須兩頭撒開、中間放下。遇聲遇色、如石上栽華。見利見名、似眼中著屑。況從無始以來、不是不曾經歴、又不是不知次第、不過翻頭作尾。止於如此、何須苦苦貪戀。如今不歇、更待何時。所以先聖、教人只要盡却。今時能盡今時、更有何事。若得心中無事、佛祖猶是冤家。一切世事、自然冷淡、方始那邊相應(夫れ出家は、塵勞を厭はん爲なり。脱生死を求め、休心息念し攀緣を斷絶す。故に出家と名づく。豈に等閑の利養を以て、平生を埋沒す可けんや。直に須らく兩頭撒開し、中間放下すべし。聲に遇ひ色に遇ふも、石上華を栽うるが如し。利を見名を見るも、眼中に著屑に似たるべし。況んや無始より以來、是れ曾て經歴せざるにあらず、又是れ次第を知らざるにあらず、翻頭作尾に過ぎず。止此の如くなるに於て、何ぞ須らく苦苦に貪戀せん。如今歇めずは、更に何れの時をか待たん。所以に先聖、人をして只要ず盡却せしむ。今時能く今時を盡さば、更に何事か有らん。若し心中の無事を得れば、佛祖も猶是れ冤家なるがごとし。一切世事、自然冷淡なり、方に始めて那邊相應す)。

儞不見、隱山至死、不肯見人。趙州至死、不肯告人、匾擔拾橡栗爲食、大梅以荷葉爲衣、紙衣道者は只披紙、玄太上座只著布。石霜置枯木堂、與衆坐臥、只要死了儞心。投子使人辨米、同煮共餐、要得省取儞事。且從上諸聖、有如此榜樣。若無長處、如何甘得。諸仁者、若也於斯體究、的不虧人。若也不肯承當、向後深恐費力(儞見ずや、隱山死に至るまで人に見えんことを肯せず。趙州は死に至るまで人に告げんことを肯せず。匾擔は橡栗を拾つて食とし、大梅は荷葉を以て衣とし、紙衣道者は只だ紙を披る、玄太上座は只だ布を著る。石霜は枯木堂を置きて衆と與に坐臥す。只儞が心を死了せんことを要す。投子は人をして米を辨じ、同煮共餐せしむ、儞が事を省取することを要得す。且く從上の諸聖、此の如くの榜樣有り。若し長處無くんば、如何甘得せん。諸仁者、若也斯に於て體究すれば、的不虧人なり。若也承當を肯せずは、向後深く恐らくは費力せん)。

山僧行業無取、忝主山門。豈可坐費常住、頓忘先聖附屬。今者輙欲略學古人爲住持體例。與諸人議定、更不下山、不赴齋、不發化主。唯將本院莊課一歳所得、均作三百六十分、日取一分用之、更不隨人添減。可以備飯則作飯、作飯不足則作粥。作粥不足、則作米湯。新到相見、茶湯而已、更不煎點。唯置一茶堂、自去取用。務要省緣、專一辨道(山僧行業取無くして、忝く山門を主す。豈に坐ら常住を費やし、頓に先聖の附屬を忘る可けんや。今は輙ち古人の住持たる體例に略學せんとす。諸人と議定して更に山を下らず、齋に赴かず、化主を發せず。唯、本院の莊課一歳の所得を將て、均しく三百六十分に作して、日に一分を取つて之を用ゐる、更に人に隨つて添減せず。以て飯に備すべきには則ち作飯す、作飯不足なれば則ち作粥す。作粥不足なれば、則ち米湯に作る。新到の相見は、茶湯のみなり、更に煎點せず。唯一の茶堂を置いて、自去取用す。務要省緣し、專一に辨道す)。

又況活計具足、風景不疎。華解笑、鳥解啼。木馬長鳴、石牛善走。天外之靑山寡色、耳畔之鳴泉無聲。嶺上猿啼、露濕中霄之月。林間鶴唳、風囘淸曉之松。春風起時枯木龍吟、秋葉凋而寒林花散。玉階鋪苔蘚之紋、人面帶煙霞之色。音塵寂爾、消息宛然。一味蕭條、無可趣向(又況んや活計具足し、風景疎ならず。華は笑くことを解し、鳥啼くことを解す。木馬長く鳴き、石牛善く走る。天外の靑山色寡く、耳畔の鳴泉聲無し。嶺上猿啼んで露中霄の月を濕らす。林間鶴唳いて風淸曉の松を囘る。春風起こる時枯木龍吟す、秋葉凋みおちて寒林花を散ず。玉階苔蘚の紋を鋪き、人面煙霞の色を帶す。音塵寂爾にして、消息宛然なり。一味蕭條として、趣向すべき無し)。

山僧今日、向諸人面前説家門。已是不著便、豈可更去陞堂入室、拈槌豎拂、東喝西棒、張眉努目、如癇病發相似。不唯屈沈上座、況亦辜負先聖(山僧今日、諸人の面前に向つて家門を説く。已に是れ不著便なり、豈に更に去いて陞堂し入室し、拈槌豎拂し、東喝西棒し、張眉怒目して、癇病發相似の如くなるべけんや。唯上座を屈沈するのみにあらず、況に亦先聖を辜負せん)。

Use the ← → keys to move between chapters.

正法眼藏第十六 行持 下 · 3 · Shōbōgenzō (Treasury of the True Dharma Eye) — Dōgen · The Conscious Library