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Chapter 21 of 122

正法眼藏第十六 行持 上 · 1

佛祖の大道、かならず無上の行持あり。道環して斷絶せず、發心修行、菩提涅槃、しばらくの間隙あらず、行持道環なり。このゆゑに、みづからの強爲にあらず、他の強爲にあらず、不曾染汚の行持なり。

この行持の功徳、われを保任し、他を保任す。その宗旨は、わが行持、すなはち十方の匝地漫天みなその功徳をかうむる。他もしらず、われもしらずといへども、しかあるなり。このゆゑに、諸佛諸祖の行持によりてわれらが行持見成し、われらが大道通達するなり。われらが行持によりて諸佛の行持見成し、諸佛の大道通達するなり。われらが行持によりて、この道環の功徳あり。これによりて、佛佛祖祖、佛住し、佛非し、佛心し、佛成じて斷絶せざるなり。この行持によりて日月星辰あり、行持によりて大地虛空あり、行持によりて依正身心あり、行持によりて四大五蘊あり。行持これ世人の愛處にあらざれども、諸人の實歸なるべし。過去現在未來の諸佛の行持によりて、過去現在未來の諸佛は現成するなり。その行持の功徳、ときにかくれず、かるがゆゑに發心修行す。その功徳、ときにあらはれず、かるがゆゑに見聞覺知せず。あらはれざれども、かくれずと參學すべし。隱顯存沒に染汚せられざるがゆゑに、われを見成する行持、いまの當隱に、これいかなる緣起の諸法ありて行持すると不會なるは、行持の會取、さらに新條の特地にあらざるによりてなり。緣起は行持なり、行持は緣起せざるがゆゑにと、功夫參學を審細にすべし。かの行持を見成する行持は、すなはちこれわれらがいまの行持なり。行持のいまは自己の本有元住にあらず、行持のいまは自己に去來出入するにあらず。いまといふ道は、行持よりさきにあるにはあらず、行持現成するをいまといふ。

しかあればすなはち、一日の行持、これ諸佛の種子なり、諸佛の行持なり。この行持に諸佛見成せられ、行持せらるるを、行持せざるは、諸佛をいとひ、諸佛を供養せず、行持をいとひ、諸佛と同生同死せず、同學同參せざるなり。いまの花開葉落、これ行持の見成なり。磨鏡破鏡、それ行持にあらざるなし。このゆゑに行持をさしおかんと擬するは、行持をのがれんとする邪心をかくさんがために、行持をさしおくも行持なるによりて、行持におもむかんとするは、なほこれ行持をこころざすににたれども、眞父の家郷に寶財をなげすてて、さらに他國跉跰の窮子となる。跉跰のときの風水、たとひ身命を喪失せしめずといふとも、眞父の寶財なげすつべきにあらず。眞父の法財なほ失誤するなり。このゆゑに、行持はしばらくも懈倦なき法なり。

慈父大師釋迦牟尼佛、十九歳の佛壽より、深山に行持して、三十歳の佛壽にいたりて、大地有情同時成道の行持あり。八旬の佛壽にいたるまで、なほ山林に行持し、精藍に行持す。王宮にかへらず、國利を領ぜず、布僧伽梨を衣持し、在世に一經するに互換せず、一盂在世に互換せず。一時一日も獨處することなし。人天の閑供養を辭せず、外道の訕謗を忍辱す。おほよそ一化は行持なり、淨衣乞食の佛儀、しかしながら行持にあらずといふことなし。

第八摩訶迦葉尊者は、釋尊の嫡嗣なり。生前もはら十二頭陀を行持して、さらにおこたらず。十二頭陀といふは、

一者不受人請、日行乞食。亦不受比丘僧一飯食分錢財(一つには人の請を受けず、日に乞食を行ず。亦比丘僧の一飯食分の錢財を受けず)。

二者止宿山上、不宿人舍郡縣聚落(二つには山上に止宿して、人舍郡縣聚落に宿せず)。

三者不得從人乞衣被、人與衣被亦不受。但取丘塚間死人所棄衣、補治衣之(三つには人に從つて衣被を乞ふことを得ず、人の與ふる衣被をも亦受けず。但丘塚間の、死人の棄つる所の衣を取つて、補治して之を衣る)。

四者止宿野田中樹下(四つには野田の中の樹下に止宿す)。

五者一日一食。一名僧迦僧泥(五つには一日に一食す。一は僧迦僧泥と名づく)。

六者晝夜不臥、但坐睡經行。一名僧泥沙者傴(六つには晝夜不臥なり、但坐睡經行す。一は僧泥沙者傴と名づく)。

七者有三領衣、無有餘衣。亦不臥被中(七つには三領衣を有ちて、餘衣を有すること無し。亦被中に臥せず)。

八者在塚間、不在佛寺中、亦不在人間。目視死人骸骨、坐禪求道(八つには塚間に在んで、佛寺の中に在まず、亦人間に在まず。目に死人骸骨を視て、坐禪求道す)。

九者但欲獨處。不欲見人、亦不欲與人共臥(九つには但獨處を欲ふ。人を見んと欲はず、亦人と共に臥せんと欲はず)。

十者先食果蓏、却食飯。食已不得復食果蓏(十には先に果蓏を食し、却りて飯を食す。食し已りて復果蓏を食することを得ず)。

十一者但欲露臥、不在樹下屋宿(十一には但だ露臥を欲ふ、樹下屋宿に在まず)。

十二者不食肉、亦不食醍醐。麻油不塗身(十二には肉を食せず、亦醍醐を食せず。麻油身に塗らず)。

これを十二頭陀といふ。摩訶迦葉尊者、よく一生に不退不轉なり。如來の正法眼藏を正傳すといへども、この頭陀を退することなし。

あるとき佛言すらく、なんぢすでに年老なり、僧食を食すべし。

摩訶迦葉尊者いはく、われもし如來の出世にあはずは、辟支佛となるべし、生前に山林に居すべし。さいはひに如來の出世にあふ、法のうるひあり。しかりといふとも、つひに僧食を食すべからず。

如來稱讃しまします。

あるいは迦葉、頭陀行持のゆゑに、形體憔悴せり。衆みて輕忽するがごとし。ときに如來、ねんごろに迦葉をめして、半座をゆづりまします。迦葉尊者、如來の座に坐す。しるべし、摩訶迦葉は佛會の上座なり。生前の行持、ことごとくあぐべからず。

第十波栗濕縛尊者は、一生脇不至席なり。これ八旬老年の辨道なりといへども、當時すみやかに大法を單傳す。これ光陰をいたづらにもらさざるによりて、わづかに三箇年の功夫なりといへども、三菩提の正眼を單傳す。尊者の在胎六十年なり、出胎白髪なり。

誓不屍臥、名脇尊者。乃至暗中手放光明、以取經法(誓つて屍臥せず、脇尊者と名づく。乃至暗中に手より光明を放つて、以て經法を取る)。

これ生得の奇相なり。

脇尊者、生年八十、垂捨家染衣。城中少年、便誚之曰、愚夫朽老、一何淺智。夫出家者、有二業焉。一則習定、二乃誦經。而今衰耄、無所進取。濫迹淸流、徒知飽食(脇尊者、生年八十にして、捨家染衣せんと垂。城中の少年、便ち之を誚めて曰く、愚夫朽老なり、一に何ぞ淺智なる。夫れ出家は、二業有り。一には則ち習定、二には乃ち誦經なり。而今衰耄せり、進取する所無けん。濫に淸流に迹し、徒に飽食することを知らんのみ)。

時脇尊者、聞諸譏議、因謝時人、而自誓曰、我若不通三藏理、不斷三界欲、不得六神通、不具八解脱、終不以脇至於席(時に脇尊者、諸の譏議を聞いて、因みに時の人に謝して、而も自ら誓て曰く、我れ若し三藏の理を通ぜず、三界の欲を斷ぜず、六神通を得ず、八解脱を具せずは、終に脇を以て席に至けじ)。

自爾之後、唯日不足、經行宴坐、住立思惟。晝則研習理教、夜乃靜慮凝神。綿歴三歳、學通三藏、斷三界欲、得三明智。時人敬仰、因號脇尊者(爾より後、唯日も足らず、經行宴坐し、住立思惟す。晝は則ち理教を研習し、夜は乃ち靜慮凝神す。三藏を綿歴するに、學三藏を通じ、三界の欲を斷じ、三明の智を得。時の人敬仰して、因に脇尊者と號す)。

しかあれば、脇尊者處胎六十年はじめて出胎せり。胎内に功夫なからんや。出胎よりのち八十にならんとするに、はじめて出家學道をもとむ。託胎よりのち一百四十年なり。まことに不群なりといへども、朽老は阿誰よりも朽老ならん。處胎にて老年あり、出胎にても老年なり。しかあれども、時人の譏嫌をかへりみず、誓願の一志不退なれば、わづかに三歳をふるに、辨道現成するなり。たれか見賢思齊をゆるくせむ、年老耄及をうらむることなかれ。

この生しりがたし、生か、生にあらざるか。老か、老にあらざるか。四見すでにおなじからず、諸類の見おなじからず。ただ志氣を專修にして、辨道功夫すべきなり。辨道に生死をみるに相似せりと參學すべし、生死に辨道するにはあらず。いまの人、あるいは五旬六旬におよび、七旬八旬におよぶに、辨道をさしおかんとするは至愚なり。生來たとひいくばくの年月と覺知すとも、これはしばらく人間の精魂の活計なり、學道の消息にあらず。壯齡耄及をかへりみることなかれ、學道究辨を一志すべし。脇尊者に齊肩なるべきなり。

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正法眼藏第十六 行持 上 · 1 · Shōbōgenzō (Treasury of the True Dharma Eye) — Dōgen · The Conscious Library