Chapter 107 of 122
正法眼藏第三 袈裟功徳 · 7
これ阿練若比丘の、拾糞掃衣の法なり。四種の糞掃あり、十種の糞掃あり。その糞掃をひろふとき、まづ不穿のところをえらびとる。つぎには大便小便、ひさしくそみて、ふかくして浣洗すべからざらん、またとるべからず。浣洗しつべからん、これをとるべきなり。
十種糞掃
一、牛嚼衣。
二、鼠嚙衣。
三、火燒衣。
四、月水衣。
五、産婦衣。
六、神廟衣。
七、塚間衣。
八、求願衣。
九、王職衣。
十、往還衣。
この十種、ひとのすつるところなり、人間のもちゐるところにあらず。これをひろうて袈裟の淨財とせり。三世諸佛の讃歎しましますところ、もちゐきたりましますところなり。
しかあればすなはち、この糞掃衣は、人天龍等のおもくし擁護するところなり。これをひろうて袈裟をつくるべし。これ最第一の淨財なり、最第一の淸淨なり。いま日本國、かくのごとく糞掃衣なし、たとひもとめんとすともあふべからず、邊地小國かなしむべし。ただ檀那所施の淨財、これをもちゐるべし。人天の布施するところの淨財、これをもちゐるべし。あるいは淨命よりうるところのものをもて、いちにして貿易せらん、またこれ袈裟につくりつべし。かくのごときの糞掃、および淨命よりえたるところは、絹にあらず、布にあらず。金銀珠玉、綾羅錦繡等にあらず、ただこれ糞掃衣なり。この糞掃は、弊衣のためにあらず、美服のためにあらず、ただこれ佛法のためなり。これを用著する、すなはち三世の諸佛の皮肉骨髓を正傳せるなり、正法眼藏を正傳せるなり。この功徳さらに、人天に問著すべからず、佛祖に參學すべし。
正法眼藏袈裟功徳第三
予在宋のそのかみ、長連牀に功夫せしとき、齊肩の隣單をみるに、開靜のときごとに、袈裟をささげて頂上に安じ、合掌恭敬し、一偈を默誦す。その偈にいはく、
大哉解脱服、無相福田衣。
披奉如來教、廣度諸衆生。
ときに予、未曾見のおもひを生じ、歡喜身にあまり、感涙ひそかにおちて衣襟をひたす。その旨趣は、そのかみ阿含經を披閲せしとき、頂戴袈裟の文をみるといへども、その儀則いまだあきらめず。いままのあたりにみる、歡喜隨喜し、ひそかにおもはく、あはれむべし、郷土にありしとき、をしふる師匠なし、すすむる善友あらず。いくばくかいたづらにすぐる光陰ををしまざる、かなしまざらめやは。いまの見聞するところ、宿善よろこぶべし。もしいたづらに郷間にあらば、いかでかまさしく佛衣を相承著用せる僧寶に隣肩することをえん。悲喜ひとかたならず、感涙千萬行。
ときにひそかに發願す、いかにしてかわれ不肖なりといふとも、佛法の嫡嗣となり、正法を正傳して、郷土の衆生をあはれむに、佛祖正傳の衣法を見聞せしめん。かのときの發願いまむなしからず、袈裟を受持せる在家出家の菩薩おほし、歡喜するところなり。受持袈裟のともがら、かならず日夜に頂戴すべし、殊勝最勝の功徳なるべし。一句一偈を見聞は、若樹若石の見聞、あまねく九道にかぎらざるべし。袈裟正傳の功徳、わづかに一日一夜なりとも、最勝最上なるべし。
大宋嘉定十七年癸未十月中に、高麗僧二人ありて、慶元府にきたれり。一人は智玄となづけ、一人は景雲といふ。この二人、しきりに佛經の義を談ずといへども、さらに文學士なり。しかあれども、袈裟なし、鉢盂なし、俗人のごとし。あはれむべし、比丘形なりといへども比丘法なし、小國邊地のしかあらしむるならん。日本國の比丘形のともがら、他國にゆかんとき、またかの智玄等にひとしからん。
釋迦牟尼佛、十二年中頂戴してさしおきましまさざりき。すでに遠孫なり、これを學すべし。いたづらに名利のために天を拜し神を拜し、王を拜し臣を拜する頂門をめぐらして、佛衣頂戴に廻向せん、よろこぶべきなり。
ときに仁治元年庚子開冬日在觀音導利興聖寶林寺示衆
建長乙卯夏安居日令義演書記書寫畢
同七月初五日一校了 以御草案爲本
建治元年丙子五月廿五日書寫了
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