Skip to content
The ConsciousLibrary

Chapter 81 of 122

正法眼藏第六十七 轉法輪

先師天童古佛上堂擧、世尊道、一人發眞歸源、十方虛空、悉皆消殞(先師天童古佛、上堂に擧す、世尊道はく、一人發眞歸源すれば、十方虛空悉皆消殞す)。

師拈云、既是世尊所説、未免盡作奇特商量。天童則不然、一人發眞歸源、乞兒打破飯椀(師、拈じて云く、既に是れ世尊の所説なり、未だ免れず盡く奇特の商量を作すことを。天童は則ち然らず、一人發眞歸源すれば、乞兒飯椀を打破す)。

五祖山法演和尚道、一人發眞歸源、十方虛空、築著磕著。

佛性法泰和尚道、一人發眞歸源、十方虛空、只是十方虛空。

夾山圜悟禪師克勤和尚云、一人發眞歸源、十方虛空、錦上添花。

大佛道、一人發眞歸源、十方虛空、發眞歸源。

いま擧するところの一人發眞歸源、十方虛空、悉皆消殞は首楞嚴經のなかの道なり。この句、かつて數位の佛祖おなじく擧しきたれり。いまよりこの句、まことに佛祖骨髓なり、佛祖眼睛なり。しかいふこころは、首楞嚴經一部拾軸、あるいはこれを僞經といふ、あるいは僞經にあらずといふ。兩説すでに往往よりいまにいたれり。舊譯あり、新譯ありといへども、疑著するところ、神龍年中の譯をうたがふなり。しかあれども、いますでに五祖の演和尚、佛性泰和尚、先師天童古佛、ともにこの句を擧しきたれり。ゆゑにこの句すでに佛祖の法輪に轉ぜられたり、佛祖法輪轉なり。このゆゑにこの句すでに佛祖を轉じ、この句すでに佛祖をとく。佛祖に轉ぜられ、佛祖を轉ずるがゆゑに、たとひ僞經なりとも、佛祖もし轉擧しきたらば眞箇の佛經祖經なり、親曾の佛祖法輪なり。たとひ瓦礫なりとも、たとひ黄葉なりとも、たとひ優曇花なりとも、たとひ金襴衣なりとも、佛祖すでに拈來すれば佛法輪なり、佛正法眼藏なり。

しるべし、衆生もし超出成正覺すれば佛祖なり、佛祖の師資なり、佛祖の皮肉骨髓なり。さらに從來の兄弟衆生を兄弟とせず。佛祖これ兄弟なるがごとく、拾軸の文句たとひ僞なりとも、而今の句は超出の句なり。佛句祖句なり、餘文餘句に群すべからず。たとひこの句は超越の句なりとも、一部の文句性相を佛言祖語に擬すべからず、參學眼睛とすべからず。而今の句を諸句に比論すべからざる道理おほかる、そのなかに一端を擧拈すべし。

いはゆる轉法輪は、佛祖儀なり。佛祖いまだ不轉法輪あらず。その轉法輪の樣子、あるいは聲色を擧拈して聲色を打失す。あるいは聲色を跳脱して轉法輪す。あるいは眼睛を抉出して轉法輪す。あるいは拳頭を擧起して轉法輪す。あるいは鼻孔をとり、あるいは虛空をとるところに、法輪自轉なり。而今の句をとる、いましこれ明星をとり、鼻孔をとり、桃花をとり、虛空をとるすなはちなり。佛祖をとり、法輪をとるはすなはちなり。この宗旨、あきらかに轉法輪なり。

轉法輪といふは、功夫參學して一生不離叢林なり、長連牀上に請益辨道するをいふ。

正法眼藏第六十七

爾時寛元二年甲辰二月二十七日在越宇吉峰精舍示衆

同三月一日在同精舍侍者寮書寫之 後以御再治本校勘書寫之畢

Use the ← → keys to move between chapters.

正法眼藏第六十七 轉法輪 · Shōbōgenzō (Treasury of the True Dharma Eye) — Dōgen · The Conscious Library